本格ハードボイルド連載小説『スパイラルー無限連鎖ー』丸野裕行②
《あらすじ》
ネットワークビジネスと呼ばれる鼠講ビジネスで、中規模のグループとひと財産を築いた夜野は、日々別グループを末端から崩し、自分の傘下に収めるというやり方をしていた。順風満帆に思われたこのやり方も、邪魔をされた様々なグループの恨みを買うことになる。そんなる日、ビジネスパートナーとして、一緒に活動していた羽田が自殺に見せかけられ、殺された。事件の真相を探る夜野だったが、周辺ではおかしな事件が起こりはじめる。
『スパイラルー無限連鎖ー』② 丸野裕行
第二章 ビジネスパートナーの死
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ゲレンデワーゲンの硬めのコクピットに乗り込んだ俺は、しばらく一日の疲れにのしかかられ、目を瞑っていた。思わず眠りに落ちそうになるが、寸前でなんとか持ち直す。それを何度か繰り返した。
長い間時間が経過ような気がしていたが、時計を見ると、その間はほんの五分程度。まどろみは、俺を自分の世界に引きずり込むことはできないようだ。それからは、長い溜息をつき、イグニッションを回した。メルセデスの重い車体がのそりと動きはじめた。明日も朝からセミナーがある。朝活ブームというものを誰が作ったのか、大迷惑だ。ベッドで眠りに落ちたとしても、寝ることができて、二、三時間というとことだとうか。
俺が、ネットワークビジネス(MLM)というマルチ商法の世界に身を投じ、もう四年になる。この『AZL(アズレ)』という外資系マルチレベルマーケティングのビジネスに参入したのは、二十五歳のときだった。野心と金に対する欲望だけは人一倍あった俺は、どんなことでもいいからひと山当てようとチャンスを窺っていた。それがなんなのか、はわからない。
がむしゃらにバイトをしながら金を貯め、商売を起こす……漠然としたものを模索している途中、あまり話をしたことのなかった高校の同級生からビジネスの話が舞いこんだ。案の定、お決まりの化粧品と健康食品の話だった。着慣れてないスーツに身を包んだ気味の悪い連中は、壇上でホワイトボードを使って事業説明をする男の一言一句逃すまいと一心不乱にメモを取っていた。
なんとなくぼんやりと話を聞き流していたときに、後頭部を殴られたような衝撃を受けた。現ナマの話だ。“ボーナス”と呼ばれる収入では、自分と同じ分身ともいえる独立販売員を数人構築しただけで、数百万の報酬が手に入るというものだった。
しかも無限連鎖法、別名・ねずみ講禁止法に引っ掛からない子ねずみに対する親ねずみの搾取がマーケティングの中で設定されている。法律上、まったく問題がなかった。俺にはやらない理由が見つからなかった。
後部座席のガラスから、強烈な光が差し込んできた。どうも、トラックにあおり運転を受けているようだ。射貫くような光は、後部からゲレンデワーゲンのサイドに並んだ。これだけ世論が騒ぎ倒しているのに、一体何を考えているのか。右側運転席に吸い寄せられるように、車体をぶつけようとしてくるのがわかった。急ハンドルを切る。正直、俺はあまり運転がうまくないのだ。
焦った俺は、御堂筋通りの路側帯に急停車した。トラックは、俺の車の進路を妨害するように、前に停車する。なんだ、どういうつもりだ。トラックから飛び降りてきた二十代前半の男は叫び声をあげながら、つづけざまに三発拳を突き出してきた。
腕に覚えがないわけではない。先輩に半分脅されて、高校時代はテコンドー部でよくいじめられていた。まるで、サンドバック代わりの後輩というやつだ。
男の攻撃を躱すと、勢いよくゲレンデ―ワーゲンのドアを開け、奴の躰を突き飛ばす。面食らった男の顔面を、中国の知り合いにオーダーメイドしているプレーントゥの靴先で蹴り上げた。
「誰だ、おまえ」
「おどれのぉ、運転がぁ、悪いんやろうがぁ!」
鼻血を吹き出しながら懸命に話すところが、情けない。かっと頭に血が昇ったからといって、ここまでやるのは理解ができない。
そのまま足の付け根を踏みつけると、男は苦悶した。股の関節につま先を差し込むと、激痛が走るのだった。
「もういい。喧嘩もできへんくせに、相手みてからかかっていけ」
俺は、車へ戻り、アスファルトの掃除に励む若い男にクラクションを鳴らして、車を走らせた。
本町の交差点で信号待ちをしていたが、男が追ってくる気配はない。自分がこのビジネスで、一千五百万円を超える高級車に乗れるとは正直思ってもみなかった。AZLビジネスでの成功者は皆目が飛び出るような高級輸入車を所有し、展示会のようになっていたものだ。フェラーリやベンツ、ポルシェ、ジャガーなど普通に働いていれば絶対に手に入れることなどできない車を手にしている。俺ははらわたが煮えくり返っていた。
当初、簡単な商売と考えスタートしたビジネスも、そう易々とは儲けさせてはくれなかったことはいうまでもない。月々のノルマや最も難しいダウンラインの確保に喘ぎ苦しむのは、時間の問題だった。
スマホの着信音がけたたましく鳴った。慎重に通話ボタンを押す。
「どうや、夜野? マーケティングは終了したんか?」
いつもの声。アップラインの羽田だった。奴が言うマケーケティングとは勧誘のことを指す。
「う、うん。今運転中や」
「なんや、なんかあったんか?」
「い、いや。変な奴に絡まれて、な」
「何者や? ま、話後で聞くわ。今日あたり、ちょっと時間ないか? 飲もか?」
「ええよ。どこ行けばええ? 今、本町のへんや」
「そうか、そのまんま難波のいつもの店までこいや。話したいこともあるし……」
「了解、じゃあ、すぐに行くわ」
早口で答えて、一方的に電話を切る。今日は道が混んでいた。まぁ、久しぶりの再会や。車線変更という大きな課題をクリアしたゲレンデワーゲンは、主人の微妙なハンドル捌きにビクつくように羽田の待つ街へむかった。
まさか、これが奴と会う最後の夜になるとは、まったく思っていなかった。
≫≫『どこかのグループが動いている』へ続く
(C)写真AC
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