本格ハードボイルド連載小説『スパイラルー無限連鎖ー』丸野裕行③

《あらすじ》

ネットワークビジネスと呼ばれる鼠講ビジネスで、中規模のグループとひと財産を築いた夜野は、日々別グループを末端から崩し、自分の傘下に収めるというやり方をしていた。順風満帆に思われたこのやり方も、邪魔をされた様々なグループの恨みを買うことになる。そんなる日、ビジネスパートナーとして、一緒に活動していた羽田が自殺に見せかけられ、殺された。事件の真相を探る夜野だったが、周辺ではおかしな事件が起こりはじめる。

 

『スパイラルー無限連鎖ー』丸野裕行

第三章『どこかのグループが動いている』

やつが死ぬなんて納得がいかない…焼香をしながら、俺はこみ上げるものを奥歯でグッと噛み堪えた。昼すぎにベッドの中で眠い眼を擦りながらとった電話で、池谷が死んだことを告げられた。リーダーの東村嘉津雄からの連絡があったのだ。

「死因は?」の問いに、数秒の沈黙があり、それから搾りだすような声で答えが導きだされた。自殺だった。宝塚の自宅で、ドアノブにネクタイをかけて首をくくってたらしい。羽田の自宅は、エントランスホールに滝が流れている賃貸億ション。ダウンラインの人間が引っ切りなしに訪ねていた。ちょうど三〇畳のリビングの入口でぶら下がっていたという。

発見したのは羽田のフィアンセでもある恋人の森本諒子。昨日、諒子の心臓の具合が悪く、一生面倒を見ていく覚悟があると言っていたのに……。どういうことや。彼女は、遺体をみつけたショック状態のまま、かかりつけの総合病院に運ばれた。予断を許さない状況らしく、この日の通夜にも姿を見せなかった。

通夜は、羽田の宝塚にある実家でしめやかに営まれた。焼香の列は、まるで若者に絶大なる支持を受けていたミュージシャンの告別式のように長いものになっていた。すべてがマルチレベルマーケティングのメンバーだ。羽田のリーダーシップに全員が惚れていたんだ。

羽田の抱えていたグループ人数およそ八〇〇人。その内の五〇〇人弱が参列している。俺は、今日はそっとしておいてくれ、と誰とも会話を交わしてはいない。坊主の読経が聞こえる。結婚する夢、羽田おまえはどないしたんや。

遺影が笑ってた。一緒にビジネス研修を受けたときの笑顔だ。

記憶の中にうずもれた羽田の顔も、どれも笑ってる。遠方のダウンラインのフォローにも一緒に飛んで行った。いつも同じホテルの部屋に泊まり、夢と展望を語り合った。一〇〇の夢を紙に書きだしだ。アホが……何があったんや。なんで何も言うてくれへんかった。水臭い。

同じ飯を食い、同じ価値観を共有しあった。なんでなんや、羽田。

焼香を終えた俺は数珠を握りしめ、参列者各位に弔問の礼を繰り返す遺族の前を通りすぎた。憔悴した親族の「ありがとうございました」の言葉が、俺の背中に痛く突き刺さる。決して、そちらに眼をくれることはなかった。そちらに目をくれると、心の中をかき回されるような気持ちになる。

瞼を静かに閉じると、羽田のよく整った顔が蘇った。もう一度、哀しみがこみ上げてくる。それをゆっくりと腹の底から息を吐きだすことでなんとか堪えた。背後から名を呼ばれ、目頭を指で強く押さえてからふり返る。

「羽田がなんで……。なんで死んでもうたんや、夜野!」

眼を赤く腫らし、肩を震わせた池谷がこちらを睨んで立ち尽くしていた。

よく肥えた体躯に、血色のいい大きく丸まった顔がのっかっている。湯気でも立ち昇らせていそうな勢いだ。池谷は、羽田の兄弟ラインで精力的にビジネス展開をしている男だった。かなりの収入をビジネス本部からせしめていた。

羽田とはよきライバルで、互いに切磋琢磨し、仲もよかったのを覚えていたが、残念ながら俺とはうまくいっていない。馬が合わないのだ。

池谷は、よく言えば非常に熱い男で、悪く言えば無鉄砲だ。祭りで例えれば、遠巻きに神輿を見学し、夜店を愉しむ俺らとは違い、自ら法被を纏い喧嘩神輿を担ぐのが池谷だ。水と油。泣き腫らした池谷の充血した眼には、感情剥き出しの人間臭さがあった。今日に限っては、俺にもその熱さがよくわかる気がする。ぶつかってくるとしても、仕方ない。

 

 

「なんでやつは死んだんや! 夜野!」

池谷は、突っかかるような口調で言ったが、俺はじっとやつを見つめていた。

「聞いたんや! おまえ、昨日は朝まで羽田と飲んでたみたいやないか! おまえが、羽田の自殺に追い込むようなこと言うたんちゃうんか!」

「どういうことや」

一瞬で血がたぎる。

「それで自分で死んだ! オレらはなぁ、戦友みたいなもんやったんやぞ!」

すべてが支離滅裂だった。池谷の声は、通夜の静寂を打ち砕く、絶叫に近い。池谷が俺に歩み寄った。

「池谷さん、やめてください!」「池谷さぁぁん!」

周囲の羽田のダウンラインたちが池谷を制止しようと飛びついた。それでも、池谷はぶつけようのない怒りを、俺で発散しようと鋭い眼光で前進しようとしてる。もう一人のグループメンバーが池谷の腰元へ飛んだとき、バランスを崩して全員で倒れこんだ。

数人の乱れた喪服が重なる中で、池谷は夜空を見上げながら咆哮し、顔中を流れだす涙でぐしゃぐしゃにした。その声に、参列者の啜り泣きが重なった。

俺は、三度目のこみ上げるものを抑制しきれず、羽田の思い出を一粒頬に伝わせ、E55を駐めた青空駐車場へ歩きはじめた。戦友。俺にとっても、羽場にとっても、一緒にマルチ商法の第一線で戦った仲間だ。それは変わらない。

失敗者から、がむしゃらに這いあがる。成功の可能性が低いビジネスで、末端のメンバーを騙し続けてきたピラミッドの頂点に一泡吹かせたい。そのことだけを考えてきた。

鼻を啜りあげて、E55の鍵をキーレスで解除したときだ。

 

 

「なんですか、その紙?」

声がした方向をみると、仕立ての良さそうなスーツを着た初老の男と若い男が立っていた。ゆったりしたダブルでスリーピースが良く似合っている。砂利を噛む靴は、しっかりと磨きあがれていた。五十がらみだろうか。頭頂は少し薄くなってはいるが、男らしい皺が刻みこまれた顔立ちと佇まい。

「夜野さん……ですよね? どうも」

俺は会釈した。刑事か? 男は渋い顔で煙草を挟んでいたが、若い男は俺のことを睨みつけていた。

フロントグラスにへばりついた紙。落書きがあったので、俺はそれを手に取り、読み取ったB5サイズの白い紙に走り書きで【悪因悪果】とある。

「どういうことや……“悪い報いがある”? マルチ商法ってのは、恨みをたくさん買うものなんですか?」

顔を顰めた男の刻みこまれた皺が深くなった。

「恨みですか? 知りませんね」

俺は蓮っ葉な言葉で言い捨てた。

「別のグループの中には、暴力団や半グレ集団と繋がっている奴らもいますから」

のそりと若い男が歩み寄り、警察のバッジを見せつけてきた。刑事が動いている。別のグループ。どういうことだ。

≫≫『女の貌』へ続く

(C)写真AC

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