NEOYAGが目指すべき、美食家・北大路魯山人が愛した味と店3選

あなたは、北大路 魯山人(きたおおじ ろさんじん)という日本でもっとも著名な芸術家をご存知だろうか?

彼は、画家や篆刻家、書道家、陶芸家、漆芸家という様々な顔を晩年まで持っていた。その中でも、美食家という肩書を持つ人物はなかなかいないのではないだろうか?

今回は、彼が常に追い求めた美食の世界と魯山人が愛した味と店について、お話したいと思う。

北大路魯山人の人生

1883年(明治16年)に生を受けた魯山人。1959年(昭和34年)12月21日まで、奥が深い激動の人生を歩んだ。

6回の結婚は、彼がすべて破綻させ、孤高の道を究める。2人の息子、一人娘までも勘当したという気性の荒さを持ちあわせていたが、家庭の温かみに飢えていたそうで、ホームドラマなどで交わされる何気ないセリフ、ほほえましいシーンに、肩をガタガタと震わせて、涙を流していたという家政婦の証言もある。

美食家をかたり、その名を馳せた北大路魯山人は、フレンチの美しいだけの見た目に対して非常に厳しく、フランスに渡航した際にも、鴨をメインにしたレストラン『トゥール・ダルジャン』にて、「このソースが鴨には合わない」と厳しく評価して、持参したこだわりの山葵しょうゆをつけて食したこともあったという。しかし、あとからわかったことだが、使用した山葵は粉末状のものを練っただけで、「このソースよりはマシ」という皮肉を込めていたそうだ。

毒舌家としても有名で、常に傲慢だという悪評を呼び、梅原龍三郎や柳宗悦、横山大観など太平洋戦争前を代表する芸術家やピカソにまで容赦なく厳しく批評した。その態度が祟って、1936年には、所属していた星岡茶寮を追放、しかし皮肉なことにその歯に衣着せぬ物言いが、吉田茂や久邇宮邦彦王からは逆に愛された。

あの名作漫画・アニメのモデルにもなった

非常に気むずかしい人物だったため、晩年に魯山人の屋敷に勤めていた家政婦は「風呂を上がって、すぐに凍り付くほど冷えたビールをさっと出さないと叱られる。それを忘れて、辞めさせられたお手伝いさんが何人もいた」という。

阪急電鉄の創業者である小林一三は、故意にしていた魯山人の個展を阪急百貨店で開催していた。何度かその催しを行い、魯山人に対して小林が「安い価格でできるだけ多くの方に売ってほしい」という旨の内容の一文を、百貨店が発刊する美術誌に掲載。これを受けて、魯山人は、1943年10月に小林宛ての手紙に「私の作品が高いなどと言われるのは不愉快」と反論。そのうえで、不満を募らせた小林自身に対し批判した上で、個展中止を申し出る。

このように要するに食えないヤツだった北大路魯山人なのだが、その魅力に憑りつかれる魔力も持ち合わせていたわけだ。

ちなみにバブル時代にグルメブーム、美食ブームを巻き起こした漫画『美味しんぼ』に登場する海原雄山は、北大路魯山人をモデルにしているといえば、どのような人物だったか、容易に想像がつくだろう。

そんな彼が生涯愛した料理と名店を3軒ご紹介しよう。

魯山人が絶賛する堺のあなご料理

「堺近海のあなごはうまいと有名だ」

昔から開港場として栄える大阪・堺の出島港というのは、漁業が盛んで、あなご漁も豊漁な港町だった。初めの一文は、美食家・魯山人が著書『魯山人の食卓』の中で記した言葉だ。

堺には、あなご尽くし料理を味わうことができる高級料亭から安価に食べることができるあなご丼の店まで、さまざま。あなご料理は、いくつもの調理法があり、美食家である魯山人が絶賛した「堺のあなご料理」は、堺を代表する郷土グルメとしてこのエリアに根づいている。

魯山人が愛したあなご料理をカジュアルに、リーズナブルに楽しむことができるお店が、堺にある『天ぷら 海ごこち』。なんと、堺駅から徒歩40秒という好立地。海鮮を使った本格的な和食が多く、特に名物であるあなご料理もメニューが多いというのが魅力だ。人気の白焼きは、あっさりとした味の中にジューシーな脂が流れ出て、身がふっくら。あなごの旨さをダイレクトに感じられる。その他、あなごの押し寿司や天ぷら、蒲焼きなどが目白押しだ。

『天ぷら 海ごこち』
住所:大阪府堺市堺区栄橋1-7-11
TEL:072-249-9585

魯山人に溺愛された紀尾井町の名店

この『福田家』は、北大路魯山人ゆずりの料理を提供している彼に溺愛された名店。その鮮烈さを大切した料理の数々を、魯山人の器で食せるという日本で数少ない高級料亭だ。

『福田家』は、魯山人が残した「料理の美味不味は、十中八九、材料の質の選択にあり」という言葉を守り続け、素材を厳選し、その素材の持ち味を極限まで活かしている。

日本の四季の移ろいを表現した料理の数々は、人が季節の先取りを感じる風情を触発してくれる。それを高めてくれるのが、魯山人作の名器、料亭自体の雰囲気の素晴らしさ。

“目で食べる”と表現される日本料理は、料理と器の調和が欠かせず、そのハーモニーが絶妙に調和した瞬間に、食べる者を魅了する“味の世界”がはじめて生まれる。この料亭のお座敷に腰を据えると、自らが魯山人になったような感覚に包まれる唯一の店なのかもしれない。

『紀尾井町 福田家』
住所:東京都千代田区紀尾井町1-13
TEL:03-3261-8577

“魯山人風すき焼き”が食べられる北新地の料理店

北大路魯山人がこよなく愛したといわれる“魯山人風すき焼き”

彼が考え出したレシピをもとに、大阪・北新地にある日本料理店『北新地 湯木(ゆき)』が期間限定メニューとして登場させた。

高級料亭である吉兆の創業者・湯木貞一の孫である湯木尚二が、祖父の遺志を受け継ぎ、五感を揺さぶるような料理の数々と贅沢な時間を過ごせる高級日本料理店『北新地 湯木』。

夜は本格懐石料理、昼は“松花堂弁当”を、夜になると本格的な懐石料理を提供し、季節を感じる盛り付けや上質で上品な料理を数多く生み出している名店だ。

“魯山人風すき焼き”は、彼が結成した会員制の美食倶楽部で食された、砂糖不使用、卵にもくぐらせず、大根おろしで食べるすき焼き。すき焼きという概念を覆す“魯山人風すき焼き”は特別な料理だったようで、正式なレシピというものは現存していないのだが、記述された資料を参考に試行錯誤、蘇った。

『北新地 湯木 新店』
住所:大阪市北区堂島1-5-39 マルタビル1F
TEL:06-6348-2777

まとめ

いかがでしたか?

美食のためにすべてを犠牲にして、食というものを極めた芸術家・北大路魯山人。

大正時代から昭和中期までを駆け抜けた魯山人が愛した味と店。

仕事や趣味にこだわりぬくNEOYAGであれば、彼には及ばずとも、美食にこだわってみてはいかがだろうか?

いつもファストフードを食べ、スナック菓子などのジャンクフードを食べ、仕事に忙殺されている日常を送っているようでは、モテるNEOYAGとはいえないだろう。

毎日の一食一食にこだわり、いい仕事をする。

それがNEOYAG的な生き方だと思う。

6度の結婚を経験し、政財界の大物などを魅了した魯山人が最も大事にしたものが、“食”だったわけだ。

あなたも、ぜひ今日からNEOYAG的美食道を究めてほしい。

今回紹介した魯山人が愛した料理を食べることができる3軒に、あなたお気に入りの美女と訪問してみてはいかがだろうか?

(C)写真AC、Amazon、メルカリ

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